第40回記念県立丸橋高等学校吹奏楽部定期演奏会
- 2022/06/19
- 01:15
2022年、6月18日。
今日まで、入部してから山のように練習を積み重ね、怒涛のように駆け抜けてきた日々。
この日のために体育祭が終わってからは休みなしで練習してきた日々。
「年間で一番大事な定期演奏会のため」と思ったら、
普通の楽器の練習も、
二部でやるダンスの練習も、
しんどくても全く苦にならなかった。
ゲネプロで、ちゃんといつも通り練習出来たことを確認して、
最後の準備に入る。
俺が所属している企画部は、二部の進行の再確認。
情宣部は会場整理。
パンフ部は、他校の演奏会のフライヤーの折り込みからの、パンフ準備。
この作業をしている間に、
とにかく体力を取り戻すことを優先した。
「はいこれ。プロテイン。牛肉で作った。
それと、晩飯は後で行くけど、
うちのおかん特製のたまごサンド。
りゅー凄いよな。どんな不味いプロテインでも飲めるもんな。
てか最近マジでキン肉マンになりすぎだろ。」
「あざっす!せーは先輩んち特製のたまごサンドマジで美味しいですよ。
てか、不味いプロテインってのが俺わかんないんすよ。」
「俺、そのプロテイン絶対飲めないからな。安上がりで筋肉つくからうらやましいわ。」
先輩から渡されたプロテイン、一気に飲み干そうとした。
「ねえ、それそんなに不味いの?」
企画部の一つ上の美人のマミ先輩が不思議そうに聞いてきた。
マミ先輩、美人だしスタイルいいからなんか気を遣って飲んでそうな雰囲気あるけど…
「不思議な味ではあるけど俺は飲めます。」
「ねえ、一口いい?」
「マミ、悪いこと言わないからやめとけ。本番吹けなくなるレベルで不味いぞそれ。」
…そこまでか?!
…マミ先輩、気がついたら俺から残りをぶんどって一口口にしてた。
「…えっと…今から吹けなくなるレベルではないけど…その…コンクリート飲んでるみたいだね、これ…」
コンクリート…いや、そこまでとは思わないけど…
「一口だから大丈夫なやつか。マミ、頼むから本番中に吐くなよ。」
「うん…これくらいならこの上からジュース飲めば大丈夫。お母さんからもらってるコラーゲンのサプリ美味しいから、どんなもんかと思ったけど…」
あーやっぱりマミ先輩もこの美貌を保つために気を遣ってたんだ。
それにしても、今からが本番だとしても、
一年男子で適当に踊って、
TWICE踊って、
その後にガチのブレイキンやって…
普通なら二部でぶっ倒れる。
でも、俺は三部オーディションに受かった身だ。
未だに「悔しいからアンコンでリベンジする」って言ってる、現在テナー、三年仮引退後バリトンのおーちゃんに申し訳ない。
だからこそ、ちゃんとやりとげる。
18時、開場した。
丸高の定演は、昨年今年と一回開催で、
(19年には、18年の支部金って結果を受けて2回開催になったらしい)
往復ハガキでホールのキャパの半数、750席くらいを抽選で決めて
入場整理券を返送するスタイルなんだけど、
それでも行列ができて、750席は全て埋まるってのは嬉しかった。
抽選制なので、情宣部が近隣の中高に宣伝しまくりに行っても、各校で入れる子入れない子が出るのは申し訳ないけど…
来年は完全にこのホールを
満席に出来る世の中に、なるといいな…
ステージ裏で待機。
「今年から、一部のアナウンスを担当させていただきます。
FM御門アナウンサーでラジオパーソナリティ、87期はーることいぬいはるとです。」
みんなびっくりした。
金曜の夜の勉強のお供に、はーるのみかどフライデーナイトを聴いてた人は、少なくない…。
「はーるさんって丸高ブラスOBだったんですね…」
「中学まで仁山の山の中でしたけどね。難関大学行きたくて高校から丸橋に出てきました。放送関係の仕事にどうしてもつきたくて。夢が叶って本当によかったです。みんなも、夢って諦めなかったら必ずとは言わないけど、叶う率高いから、
今日の演奏会でも、音に夢をのせて頑張ってください!」
乾先輩の存在が、さらに
俺と…きっとみんなのハートに火をつけた。
「では、開演5分前の影アナを流します。
皆さんはステージへ。
チューニング、ですよね?」
「はい。
乾さん、今日はよろしくお願いします。
じゃあ、みんな、心静かにステージに入って、
落ち着いてチューニングをしましょう。」
ステージにつく。
コンマスのはるひー先輩が、B♭の音を出して、まず木管。
そして、金管。
今日はさすがにチューナーをステージに持って上がれない。訳の分からない音程にはならないように…
丸橋市民会館の、乾いたブザーの音が鳴る。
「ただいまより、
第40回記念、
県立丸橋高等学校吹奏楽部、定期演奏会を開演いたします。」
緞帳が上がる。
矢田部先生がゆっくりとタクトを振り上げる。
全学年初合奏からの思い出の曲、
「バラの謝肉祭」が始まった。
ホルンは終始伴奏ばかりでつまらないと思ってしまう曲だけど、
だからこそ、この曲のおかげで成長できた。
それに、この曲で耳も鍛えられた気がする。
「皆様、本日は第40回、
県立丸橋高等学校吹奏楽部、定期演奏会に
起こしくださいまして、誠にありがとうございます。
一曲目にお送りいたしましたのは、
オリヴァドゥティ作曲、
序曲バラの謝肉祭でした。
しっとりとしたイントロから、快活ながらも切ない第二部、堂々としたグランディオーソ、
そして華やかに締めくくる、演奏会の冒頭にふさわしい楽曲ではないかと思います。
いかがでしたでしょうか?
申し遅れました。
わたくし、本年よりこの演奏会の第一部と第三部の進行をつとめさせていただきます。
当吹奏楽部、87期OB、私はバスクラリネット を担当しておりました。
昨年より新社会人として、FM御門にて勤務させていただいております、
乾大宙と申します。
まだ駆け出しのアナウンサーではありますが、皆様よろしくお願いいたします。」
軽く場内がどよめいた。
はーる先輩がうちのOBだってのは本当に誇らしい…。
ここから、今年の課題曲ラッシュ。
ほとんど吹けない課題曲5と、
オーディションに落ちた課題曲2以外の3曲は吹く。
演奏順は、1.3.4.5.2の順なので、
1は何とかついていく感じ、
3はこれに変わるかもしれないって噂もあるし、そこそこ吹けるので頑張った。なにより俺はこの曲割と吹けるようになったし、好きだから。
4は変更は今月いっぱいきくけど、連盟にはこれで提出するので、これもわからないので頑張った。
5は…ほとんど吹けない。多分コンクールこれになることはない。難しい割に甲東や田尻学院と被りそうだし…
そして、ステージ裏で課題曲2のオーディションに落ちたり、元々オプション楽器で対象にならないメンバーは、30人に選ばれた小編成のブルースプリングを聴いていた。
ホルンは毎年30人編成のオプション抜き課題曲のオーディションがある。
「来年は絶対に受かりたい…!」
2年生でオーディションに落ちたホルンのとわこ先輩は、思いを新たにしていた。
来年は俺も、受かるかわからないけど、頑張ってみようかと思った。
「一部の最後にお送りいたします曲は、アルフレッドリード作曲、エルカミーノレアルです。エルカミーノレアルとはスペイン語で「王の道」を意味する言葉で、ラテンのリズムや情緒あふれる楽曲のメロディーと併せ持って、
アルフレッドリードの、そして吹奏楽の重要なレパートリーの一つとして、長く愛されている作品です。
エキサイティングな曲想と、中間部のゆったり情熱的なメロディをお楽しみください。
それでは、エルカミーノレアル、です。」
来た。
俺がこの定期演奏会、いや、定演合宿から一番頑張りたいと思っていた曲。
そして、ホルンが好きになった曲。
この曲で、今の自分の一番を出したい。
トランペットとトロンボーンの、華やかなファンファーレで始まった。
ホルンみんな、目が真剣だ。
みんなと同じ音で吹く!
…Aからのメロディは、過去で一番吹けた気がする。
この先も、吹けるところは全力で。
この曲を一番練習した。
終わった瞬間、
部活の目標である、
「達成感」を
個人的に物凄く感じた。
でも、まだまだだ。
これをきっかけに、もっと上手くなる。
「ただいまより、15分間の休憩をいただきます。
第二部は、部員による企画ステージです。
本年度の企画長は、3年の逆瀬川菜月、
学生指揮は、的場和美でお送りします。
第二部開始まで、今しばらくお待ちください。」
この15分間は戦場だ。
衣装替えに、メイク…
「衣装、いけた?」
「あとすこしです!」
「じゃあ、メイク俺が手伝う!ラップの前の早替えもあるだろ?」
「せーは先輩早い…」
「俺は業界慣れしてるから…ガッチ先輩、マットグロスありますよね?」
「おう、りゅー君、これTWICEの前に忘れるなよ。で、これがペーパーのメイク落とし。TWICE終わったら一度これで落として、ラップの時またつけて。」
「そこはリハで教わったので大丈夫です。」
「あと汗かいたらこれ、脂取り紙。ブレイキンも出来るだけメイク落ちないようにな。
大丈夫。上手くいくから。」
「もちろんです!今日のために全部頑張ってきましたから!」
「だな。今日をきっかけに、スターになれよ。」
よし…
企画部員として、このステージは絶対成功させる。
コロナで海外旅行に行けないこのご時世。
第二部のテーマは「世界の都市から」がテーマだ。
なつき先輩も、学指揮のかずみ先輩もめちゃくちゃ気合いが入っている。
第二部の幕が上がった。
ルーマニアの首都、ブカレストがテーマのシーンでは、3部オーディションに落ちたメンバーが、ルーマニア民族舞曲という曲の一部を演奏して、残りの部員で創作ダンスもした。
これはそんなに難易度は高くない。
歌がうまい部員の歌も披露した。
曲によっては俺は演奏にも戻る。
「愛するデューク」これがなかなか難しくて、指がついていけない。
「オレンジレンジメンバーはけて!」
来たか…ここからダンスの連続だ。
上海ハニーは難しくない。
TWICEとラップ、この2曲が勝負。
上海ハニーはすこしぐだったけど、まあ上手くいった。
まずはTWICE。
吹奏楽祭で好評だった分、クオリティは落とせない。
ポジションが入れ替わる時にぶつからないように、しかも割と難易度も高い。
これも、吹奏楽祭以上の出来だった。
女子のダンススキルが格段に上がっている。
いよいよだ…
丸高オリジナルラップ、
トロンボーンのかつとし先輩作詞、
OBの長嶋先輩作曲アレンジ。
この春から秋雲小の先生になって、地域バンドとして金管バンドを立ち上げたトロンボーンの先輩だ。
曲としては完成しているし、かつとし先輩のラップもとても完成度が高い。
そして何より、このステージのために、
ラップに合わせて踊る俺とせーは先輩は、
ブレイキンをプロ並みの技まで磨き上げてきた。
俺もここまでの難易度に挑むと思っていなかった。
失敗したら怪我をする。
「安全に、それでいて大胆にやるぞ。
俺ら、めちゃくちゃ練習したから大丈夫。」
絶対、成功させる。
「Say Go!」のスタートだ。
曲が始まった。
今までの吹奏楽ステージにない異様な雰囲気に、まず場内の空気がすでに変わった。
よし。
まず、二人揃ってのバク宙から入る。
その瞬間、
場内の空気が一変した気がした。
OBの長嶋先輩のアレンジもいい。
吹奏楽でやるラップの裏の音楽。
中学時代できるようになるのも苦労した
トーマスやウィンドミルは
もうすでに、俺は余裕になっていた。
この二週間、ブートキャンプでもやったみたいに、
せーは先輩と、吹部の練習と並行して
ブレイキンばっかりやってきた。
自分でも信じられないくらいの成長具合だ。
「俺らは音楽と暮らす!
We are 丸高 brass!
こいつらといたらやなこと忘れる!
舌まわんなくてもなんとかなる!
Say go!
Say go!」
せーは先輩のエアートラックス10回連続で場内からものすごい歓声が上がる。
俺もこの後同じことを…
そして、最後にせーは先輩のエルボーエアトラックスからの、両サイドにはけて、
バク宙三連発からのキメのポーズ…
よし、このタイミングだ!
俺もエアートラックス10回、
めちゃくちゃ練習した。
失敗は許されない。
怪我して三部のステージ吹けないとか許されない。
身体はできてる。
…ここから!
記憶が飛んだ。
ただ、ものすごい歓声が上がっていることだけは実感できた。
サイドにはけて、最後…
バク宙からの…
決まった!!!
…丸橋市民会館大ホールのキャパを半分にして、
750人しか今日は入れていない。
でも、
会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
「りゅー、笑顔!」
「わかってますよ!俺笑ってないすか?」
「おう!大丈夫!成功だな!」
鳥肌が立ちまくっていた。
歓声はなかなかおさまらなかった。
「早くはけて!時間がない!」
学指揮のかずみ先輩の一言で我に帰った。
俺はこの、
「Say Go!」の、
ラップとブレイキンと吹奏楽のコラボステージのこと、
一緒忘れない。
リリックもすごくよかった。
作って歌ってくれたかつとし先輩。
かつとし先輩にもものすごい注目が集まっている。
企画ミーティングの時に、かつとし先輩が、途中声を詰まらせながらこの曲を書いた話をしてくれたことも、多分ずっと忘れない。
「ものすごい勢いで太田中の中でも強い部活になっていく吹部に入るかどうかは、
すごく悩んだ。
太田中ってみんな、柄悪い坂西の中でもさらに柄悪いって有名だろ?」
「うちとよく比べられるよね。小庄南か太田かって。坂西の最悪中学。」
「あー、るね先輩南中でしたっけw
…一部は知ってると思うけど、俺の家、電鉄久世駅の近くのオンボロ文化住宅でさ、
両親も兄貴も中学入った頃、ボロボロだったんだ。
おかんは水商売、親父はほぼヤクザ、兄貴も荒れてて。
この3人みたいになりたくない、でも、こんな家だったらどうすることも出来ない、
3食まともに食えないの当たり前、
…その時に出会ったのが丸高OBで当時顧問だった笠原先生だったんだ。
とにかく給食好きなだけ食え、朝飯晩飯こまってるなら他には内緒だぞってカロリーメイトとかカップラーメンとかくれた。
で、吹部でトロンボーンやってみないかって誘ってくれた。
笠原先生はめちゃくちゃ厳しかったけど、俺らのために真剣に泣いてくれたり、
本気で笑い合ったりもしてくれる人だった。」
OBバンドの指揮者もしている笠原先生。
ちょっと太めだけど笑顔がイケメンなイメージのある先生。
「両親と兄貴が同じ時期に問題起こして、
俺が家に居られなくなって、ジソーのお世話になった時とか、
俺のために泣いてくれたし、
一番先に戻ってきたおかんには、説教してくれた。
それで俺も変わり始めたんだ。
丸高に行くって目標ができて、吹部も本気でやろうって。
俺が丸高に行きたいって親に打ち明けた時の、特におかんの目は一生忘れない。
うちは塾にもやれないし、大学にやれないかもしれないけどそれでも丸高に行くの?って聞かれて、
俺は独学で丸高行くし、大学行けないなら公務員を目指すって言った。
おかんが、今までごめんねって俺を抱きしめて…
泣いてくれたんだ。」
俺もその話を聞いた時、
胸が震えたのを覚えている。
うちの親父が坂西工業卒だから、
坂西のワルがどんだけ酷いとタチが悪いかは話には聞いていた。
「吹部で本気になっているうちに、
悪い誘いとかも俺の周りから消えて、
勉強も本気で頑張って、
社会のわからないところは笠原先生に本気で聞きまくって、
2年の時、太田中が初めて県代表になった。
伊福部昭先生の、シンフォニア・タプカーラ。
支部では銀だったけど、一生の思い出になった。
俺も頑張ったら出来るって自信になった。
トロンボーン大活躍の曲だったしさ。
中3の時コンクール無くなったけど、
俺は腐らなかった。
逆に丸高に行ける学力つけるチャンスで、
コロナがおさまったら丸高でその分取り戻すって。
引退演奏会で、本当はコンクールでやるはずだったシンフォニーポエムを吹いた後は、悔しさでちょっと…泣いたけどな。」
今の高2の代は、コロナで中3のコンクールがなくなって悔しい思いをした人が多い。
それでも、丸高ブラスは高2の学年は部員数が多い。
先輩たちが「丸高で絶対中3の悔しい思いを取り戻させる、納得して卒部させる」って勧誘頑張ったからだ。
「兄貴も親父も、俺が頑張ってるからとかあんまり知らないけど、
少しずつまともになってきてくれた。
兄貴とは…まだちょっと仲よくないけど、前ほどめちゃくちゃはしなくなったし。
で、丸高に受かってさ。
せーはと出会ったんだ。
せーはと仲良くしてたら、
かつって言葉の選び方が面白いし、
声に迫力あるから、ラップやってみたら?って、
事務所のラップ詳しい人紹介してくれたんだ。
で、せーはのショーケースで一回、ラップ、
ダメもとでチャレンジさせてもらったら受けがよくてさ。
それから、趣味で勉強と部活の傍ら、
リリック書くようになった。
せーはの事務所からラッパーとして契約しないかって話も来たけど、
親がさ、大学行きたかったらなんとかしてやるって言い出してくれてさ。
おかんは相変わらず水商売とはいえ、ちゃんとしたお店の経営しだすようになって、
親父も前よりまともな仕事出来る様に転職活動してくれて、…建築系の人材派遣会社で働けるようになって。
今は、ランク低くてもいいから
国公立の文学部英文学科で
リリックの基礎にもできるように英語を学ぶって夢も出来たんだ。
親も行っていいって。
でもって、大学生になったら、…な。
せーはと同じ事務所に所属するって話も進んでる。
全部仕事には出来ないかもしれないけど、
俺はラップで、中学時代の俺みたいだった人を勇気づけたい。」
…。
あの時のかつとし先輩の思い、
全部受け止めて踊った。
今日のこのステージの熱量は、一生忘れない。
第二部、
最後のプリティフライまで演じ切った。
会場の熱さ、あたたかさ。
本当に今日まで企画部、
頑張ってステージ作り上げてきて
本当によかった。
「三部乗る人!時間15分しかないよ!
衣装、メイク、早替えで!」
俺は奇跡的に三部メンバーのオーディションに受かった。
ここから先、難曲ばかり三曲が続く。
まだ吹けないところが大半だ。
それでも、このメンバーで1ヶ月半後には
コンクールにも出ないといけない。
今日のステージは、そのコンクールに向けて、大事な本番だと思っている。
「りゅー君。ほら、じっとしてて。」
原谷先輩が、シートタイプのメイク落としで俺の顔をゴシゴシこする。
「あとは洗顔して、すぐ着替えて。」
「ありがとうございます!」
「多分今日からりゅー君、モテモテになるぞ。ロビーでもせーはとりゅー君の噂で持ちきりだからな。」
モテモテ…
やべーな。どうしよう///
そんな暇はない!
早く顔洗って着替えて、楽器また持って…
原谷先輩も三部に乗るのに本当にステージ裏でたくさん手伝ってくれた。
三部が始まった。
一曲目が、OBと一緒のたなばた。
たかや先輩のお姉さんの、寺下さざなみ先輩が、ホルンのOB担当だ。
この曲は、ほとんど練習が間に合わなかった。
その穴を、さざなみ先輩が、久しぶりにホルンを吹くとか言いながらも、見事に埋めてくれた。
三部二曲目、
挟間美帆作曲、
昨年コンクールで一気に話題になった今をときめく新譜、
ザ・タイグレス。
この曲もとにかく難しいので、初心者の俺にはまだこなせる場所が少ない。
どうしてメンバーになれたのか今でも不思議だ。
でも、曲のラストにものすごくかっこいい場所があって、
そこが吹きたくて、とにかく頑張った。
この曲で一番苦労するのが、トランペットのトップだ。
ありえないくらい難易度が高い。
それでもこの日のたかや先輩は絶好調だった。
俺らホルンも…。
二曲目のザ・タイグレスもほぼ練習通りに吹けて、
プログラム上最後の、くじゃく。
「甲東高校と吹奏楽祭で曲が被ったし、
コンクール曲はどうなるかわからないけど、
今日は丸高ブラスの、理奏、を追求した、
丸高ブラスにしか出来ないくじゃくをやろう」
さすがに長くなりすぎるので、
全てのバリエーションは演奏しない。
それでも、ザ・タイグレスとは違う丸高の強みである、
オーボエ、ピッコロ、フルートのソロにウエイトを置いた、やはり甲東とは違うアプローチでバリエーションをチョイスした。
この曲の終わり…
演奏会が終わるの寂しいな、と思い始めた。
金管が頑張るところ、
とにかくめちゃくちゃ頑張って吹いた。
最後の音が鳴った瞬間、
拍手が湧き上がる。
客席には立ち上がって拍手している人もいる。
矢田部先生がはけても、拍手は鳴り止まない。
奏者は55人でも、
アンコールのために66人分の椅子は用意してあった。
三部メンバーになれなかった11人がステージに上がり、
矢田部先生が入ってきて、
アンコール一曲目のGet it onを演奏した。
たかや先輩は、オクターブ上のハイFを当てられるくらい余裕がある。
そして、そのまま、拍手が鳴り止まないまま、
丸高のアンコール二曲目の伝統である、
ホルストの第二組曲のマーチが始まった。
中間部が始まると、
部長のきょうみ先輩と、
定演実行委員長のなつき先輩がマイクに出てきた。
「本日は、
第40回記念、
県立丸橋高等学校吹奏楽部
定期演奏会におこしいただき、
ありがとうございました。
皆様のおかげで、
この記念の定期演奏会も、
成功に終わろうとしています。
さまざまな困難を乗り越えて、
まだ不安定な世の中ではありますが、
こんな素晴らしい時間を過ごせたことを
心より感謝いたします。
丸橋高校は明日より定期テスト前の部活休みに入りますが、
テスト休み明けから、3年生は
仮引退のコンクールまで、さらに、
部のモットーである「理奏追求」を追い求め、
今日のステージを糧にして、
悔いのない仮引退を目指して頑張ります。
今後も応援よろしくお願いいたします。
来年41回で、
またこの市民会館大ホールで、
秋から引き継ぐ93期生が主体となる演奏会で、
皆様にお会いできることを
楽しみにしております。
本日はご来場いただき、
本当にありがとうございました!
92期部長、堤杏巳、
92期定期演奏会実行委員長、逆瀬川菜月。」
大きい拍手に包まれながら、
なつき先輩がうっすら目に涙を浮かべながら、席に戻っていった。
最後の音が鳴り響いて、
矢田部先生が笑顔で客席にふりかえる。
ああ、
成功したんだ、定期演奏会。
本当に頑張ってよかった。
「コンクールよりも、定演。
逆に定演がうまくいかないようではコンクールも知れている」
先輩たちがそう言っていた理由も、分かった気がした。
幕が降りて、
楽器を軽く片付けて、
部員はロビーでお客様を見送る。
今年も昨年同様、柵を設けて柵越しにだ。
「あの、ホルンの神吉さんですよね?
今度丸高に練習見学の時にお話させてもらえますか?」
「神吉君かっこよかった!
今度LINE聞いていい?」
なんかそんな言葉をたくさんもらって、
調子に乗ってしまいそうだった。
もちろんそれ以上にせーは先輩は大変なことになっていて、
OBOGが「剥がし」にかかっていたけど…
全ての片付けが終わって、
反省ミーティングが行われた。
「今年も、ひとまず俺的には
定期演奏会は成功だったと思う。
定期演奏会、楽しかった人?」
全員が手を挙げた。
「テスト休み明けから、
いよいよ3年生最後のステージ、
コンクールに向かっての準備が始まります。
一年生、丸高の前期中間は面食らう奴が多いから、
一週間しっかり勉強するように。
あまりに成績が悪い奴は夏休み補充授業の対象になって、
練習時間が削られるから、一年でメンバーの人、
特にそういうことがないように。」
「はい!」
あー、数学ひっかからないように頑張らなきゃ…
そして、一瞬の沈黙。
三部メンバーは、みんなわかっている。
この後は、正式なコンクール曲の発表だ。
「で。毎年恒例。
定演の反応をみて、
コンクール曲を毎年正式に決定してます。
でも、今年はまず試しにみんなに聞いてみようかな。
まず、課題曲。
予定通り、サーカスハットマーチがやりたい人?」
個人技術高い人を中心に何人か手をあげた。
でも、思ってたより少ない…
「ジェネシスに変えます、と言って、
それでもいいと思う人。」
…自分も含めて、
さっき手を挙げた人も含めて、
大半が手を挙げた。
「うん、そうなんだ。
かなり迷った。
サーカスハットマーチがうちの良さ出せると思って、
ひとまず連盟には4って書いて出したけど、
全体のサウンドの良さ鳴らせる場所が4だとうちには少ないなって最近感じていた。
で、今日、3が一番丸高ブラスらしい音が鳴ってたんだ。
課題曲は3でいこうと思います。
どうしても嫌だって人いますか?」
手を挙げた人はいなかったけど、はるひと先輩が声を上げた。
「…俺は本当は4の方がいいです。でも、3でも本気でやります。」
「わかった。
もう一度聞きます。
課題曲3でいっていいひと?」
全員が手を挙げた。
…課題曲、4で行く予定が3に変更。
そして…
「で、自由曲。
これも聞きます。
タイグレスがしたい人?」
「くじゃくがしたい人?」
この質問は、真っ二つに分かれた。半々だ。
甲東は多分くじゃくで変えないらしい。課題曲は5を選んで、もうカットも決めたって、OBの弟さんで甲東生がいる人から聞いている。
「多分甲東と真っ向勝負とか、考えている人もいると思うし、
今日の反応も同じくらいだったと思う。
これは、俺が最終決断させてください。
今年の夏は、タイグレスでいきましょう。」
…!!!
俺はなんとなくそんな気がしていたけど…。
「まず、一つの理由、
昨年が奇抜な路線を避けて安全にいって、
県でも一定の達成感は出せたけど、
あと一歩だったこと。
それと、一番の理由は、
あんなに難しいのに、寺下貴也が
タイグレスの方に手をあげていたことかな。
今年は、丸高が過去しなかった路線でチャレンジして、
新しい扉をあけたいと思う。
コンクールは、課題曲3と、ザ・タイグレスで挑みます。
テスト休み明けから、これでいきます。
いいですか?」
「はい!」
いよいよ、二曲に絞られて、
テスト休み明けから
「大会」への練習が始まる…
「それともう一つ。
これは月島先生から発表してもらおうかな。」
「はい。
今日、第二部でブカレストの風景の時に、
ルーマニア民族舞曲を三部メンバーになれなかった人だけでしたでしょ?
短い時間だったけど。
で、本来的場さんが指揮なのを、そこだけ私がお願いして指揮を代わってもらった。
それには実は、理由があります。
三部・コンクールメンバー以外の11人は、
管楽合奏コンテストS部門に、8月末に録音を提出します。
なので、実質2軍みたいな扱いかもしれないけど、
1年生2年生11人は、
夏コンメンバーと別に私の指揮で、
もう少し長さを足して、
録音審査で全国を目指します。
だから、夏コンのマネージャーだけでなく、
11人で録音で全国目指すつもりで、がんばろうね!」
みんなびっくりしていた。
でも、みんな笑顔になった。
「2軍が全国行くのに
1軍が変な演奏では終われないぞ。
休み明けから66人全員、全力で頑張りましょ!」
「はい!」
「じゃあ、堤、号令。」
「はい!
理奏追求!」
「理奏追求!」
「大事なことは達成感!」
「達成感!」
「姿勢!礼!」
「あざっした!!!」
…今日、確かに達成感を得られたと思っている。
演奏だけでなくあらゆることで。
…コンクールも、全力で駆け抜けます!
今日まで、入部してから山のように練習を積み重ね、怒涛のように駆け抜けてきた日々。
この日のために体育祭が終わってからは休みなしで練習してきた日々。
「年間で一番大事な定期演奏会のため」と思ったら、
普通の楽器の練習も、
二部でやるダンスの練習も、
しんどくても全く苦にならなかった。
ゲネプロで、ちゃんといつも通り練習出来たことを確認して、
最後の準備に入る。
俺が所属している企画部は、二部の進行の再確認。
情宣部は会場整理。
パンフ部は、他校の演奏会のフライヤーの折り込みからの、パンフ準備。
この作業をしている間に、
とにかく体力を取り戻すことを優先した。
「はいこれ。プロテイン。牛肉で作った。
それと、晩飯は後で行くけど、
うちのおかん特製のたまごサンド。
りゅー凄いよな。どんな不味いプロテインでも飲めるもんな。
てか最近マジでキン肉マンになりすぎだろ。」
「あざっす!せーは先輩んち特製のたまごサンドマジで美味しいですよ。
てか、不味いプロテインってのが俺わかんないんすよ。」
「俺、そのプロテイン絶対飲めないからな。安上がりで筋肉つくからうらやましいわ。」
先輩から渡されたプロテイン、一気に飲み干そうとした。
「ねえ、それそんなに不味いの?」
企画部の一つ上の美人のマミ先輩が不思議そうに聞いてきた。
マミ先輩、美人だしスタイルいいからなんか気を遣って飲んでそうな雰囲気あるけど…
「不思議な味ではあるけど俺は飲めます。」
「ねえ、一口いい?」
「マミ、悪いこと言わないからやめとけ。本番吹けなくなるレベルで不味いぞそれ。」
…そこまでか?!
…マミ先輩、気がついたら俺から残りをぶんどって一口口にしてた。
「…えっと…今から吹けなくなるレベルではないけど…その…コンクリート飲んでるみたいだね、これ…」
コンクリート…いや、そこまでとは思わないけど…
「一口だから大丈夫なやつか。マミ、頼むから本番中に吐くなよ。」
「うん…これくらいならこの上からジュース飲めば大丈夫。お母さんからもらってるコラーゲンのサプリ美味しいから、どんなもんかと思ったけど…」
あーやっぱりマミ先輩もこの美貌を保つために気を遣ってたんだ。
それにしても、今からが本番だとしても、
一年男子で適当に踊って、
TWICE踊って、
その後にガチのブレイキンやって…
普通なら二部でぶっ倒れる。
でも、俺は三部オーディションに受かった身だ。
未だに「悔しいからアンコンでリベンジする」って言ってる、現在テナー、三年仮引退後バリトンのおーちゃんに申し訳ない。
だからこそ、ちゃんとやりとげる。
18時、開場した。
丸高の定演は、昨年今年と一回開催で、
(19年には、18年の支部金って結果を受けて2回開催になったらしい)
往復ハガキでホールのキャパの半数、750席くらいを抽選で決めて
入場整理券を返送するスタイルなんだけど、
それでも行列ができて、750席は全て埋まるってのは嬉しかった。
抽選制なので、情宣部が近隣の中高に宣伝しまくりに行っても、各校で入れる子入れない子が出るのは申し訳ないけど…
来年は完全にこのホールを
満席に出来る世の中に、なるといいな…
ステージ裏で待機。
「今年から、一部のアナウンスを担当させていただきます。
FM御門アナウンサーでラジオパーソナリティ、87期はーることいぬいはるとです。」
みんなびっくりした。
金曜の夜の勉強のお供に、はーるのみかどフライデーナイトを聴いてた人は、少なくない…。
「はーるさんって丸高ブラスOBだったんですね…」
「中学まで仁山の山の中でしたけどね。難関大学行きたくて高校から丸橋に出てきました。放送関係の仕事にどうしてもつきたくて。夢が叶って本当によかったです。みんなも、夢って諦めなかったら必ずとは言わないけど、叶う率高いから、
今日の演奏会でも、音に夢をのせて頑張ってください!」
乾先輩の存在が、さらに
俺と…きっとみんなのハートに火をつけた。
「では、開演5分前の影アナを流します。
皆さんはステージへ。
チューニング、ですよね?」
「はい。
乾さん、今日はよろしくお願いします。
じゃあ、みんな、心静かにステージに入って、
落ち着いてチューニングをしましょう。」
ステージにつく。
コンマスのはるひー先輩が、B♭の音を出して、まず木管。
そして、金管。
今日はさすがにチューナーをステージに持って上がれない。訳の分からない音程にはならないように…
丸橋市民会館の、乾いたブザーの音が鳴る。
「ただいまより、
第40回記念、
県立丸橋高等学校吹奏楽部、定期演奏会を開演いたします。」
緞帳が上がる。
矢田部先生がゆっくりとタクトを振り上げる。
全学年初合奏からの思い出の曲、
「バラの謝肉祭」が始まった。
ホルンは終始伴奏ばかりでつまらないと思ってしまう曲だけど、
だからこそ、この曲のおかげで成長できた。
それに、この曲で耳も鍛えられた気がする。
「皆様、本日は第40回、
県立丸橋高等学校吹奏楽部、定期演奏会に
起こしくださいまして、誠にありがとうございます。
一曲目にお送りいたしましたのは、
オリヴァドゥティ作曲、
序曲バラの謝肉祭でした。
しっとりとしたイントロから、快活ながらも切ない第二部、堂々としたグランディオーソ、
そして華やかに締めくくる、演奏会の冒頭にふさわしい楽曲ではないかと思います。
いかがでしたでしょうか?
申し遅れました。
わたくし、本年よりこの演奏会の第一部と第三部の進行をつとめさせていただきます。
当吹奏楽部、87期OB、私はバスクラリネット を担当しておりました。
昨年より新社会人として、FM御門にて勤務させていただいております、
乾大宙と申します。
まだ駆け出しのアナウンサーではありますが、皆様よろしくお願いいたします。」
軽く場内がどよめいた。
はーる先輩がうちのOBだってのは本当に誇らしい…。
ここから、今年の課題曲ラッシュ。
ほとんど吹けない課題曲5と、
オーディションに落ちた課題曲2以外の3曲は吹く。
演奏順は、1.3.4.5.2の順なので、
1は何とかついていく感じ、
3はこれに変わるかもしれないって噂もあるし、そこそこ吹けるので頑張った。なにより俺はこの曲割と吹けるようになったし、好きだから。
4は変更は今月いっぱいきくけど、連盟にはこれで提出するので、これもわからないので頑張った。
5は…ほとんど吹けない。多分コンクールこれになることはない。難しい割に甲東や田尻学院と被りそうだし…
そして、ステージ裏で課題曲2のオーディションに落ちたり、元々オプション楽器で対象にならないメンバーは、30人に選ばれた小編成のブルースプリングを聴いていた。
ホルンは毎年30人編成のオプション抜き課題曲のオーディションがある。
「来年は絶対に受かりたい…!」
2年生でオーディションに落ちたホルンのとわこ先輩は、思いを新たにしていた。
来年は俺も、受かるかわからないけど、頑張ってみようかと思った。
「一部の最後にお送りいたします曲は、アルフレッドリード作曲、エルカミーノレアルです。エルカミーノレアルとはスペイン語で「王の道」を意味する言葉で、ラテンのリズムや情緒あふれる楽曲のメロディーと併せ持って、
アルフレッドリードの、そして吹奏楽の重要なレパートリーの一つとして、長く愛されている作品です。
エキサイティングな曲想と、中間部のゆったり情熱的なメロディをお楽しみください。
それでは、エルカミーノレアル、です。」
来た。
俺がこの定期演奏会、いや、定演合宿から一番頑張りたいと思っていた曲。
そして、ホルンが好きになった曲。
この曲で、今の自分の一番を出したい。
トランペットとトロンボーンの、華やかなファンファーレで始まった。
ホルンみんな、目が真剣だ。
みんなと同じ音で吹く!
…Aからのメロディは、過去で一番吹けた気がする。
この先も、吹けるところは全力で。
この曲を一番練習した。
終わった瞬間、
部活の目標である、
「達成感」を
個人的に物凄く感じた。
でも、まだまだだ。
これをきっかけに、もっと上手くなる。
「ただいまより、15分間の休憩をいただきます。
第二部は、部員による企画ステージです。
本年度の企画長は、3年の逆瀬川菜月、
学生指揮は、的場和美でお送りします。
第二部開始まで、今しばらくお待ちください。」
この15分間は戦場だ。
衣装替えに、メイク…
「衣装、いけた?」
「あとすこしです!」
「じゃあ、メイク俺が手伝う!ラップの前の早替えもあるだろ?」
「せーは先輩早い…」
「俺は業界慣れしてるから…ガッチ先輩、マットグロスありますよね?」
「おう、りゅー君、これTWICEの前に忘れるなよ。で、これがペーパーのメイク落とし。TWICE終わったら一度これで落として、ラップの時またつけて。」
「そこはリハで教わったので大丈夫です。」
「あと汗かいたらこれ、脂取り紙。ブレイキンも出来るだけメイク落ちないようにな。
大丈夫。上手くいくから。」
「もちろんです!今日のために全部頑張ってきましたから!」
「だな。今日をきっかけに、スターになれよ。」
よし…
企画部員として、このステージは絶対成功させる。
コロナで海外旅行に行けないこのご時世。
第二部のテーマは「世界の都市から」がテーマだ。
なつき先輩も、学指揮のかずみ先輩もめちゃくちゃ気合いが入っている。
第二部の幕が上がった。
ルーマニアの首都、ブカレストがテーマのシーンでは、3部オーディションに落ちたメンバーが、ルーマニア民族舞曲という曲の一部を演奏して、残りの部員で創作ダンスもした。
これはそんなに難易度は高くない。
歌がうまい部員の歌も披露した。
曲によっては俺は演奏にも戻る。
「愛するデューク」これがなかなか難しくて、指がついていけない。
「オレンジレンジメンバーはけて!」
来たか…ここからダンスの連続だ。
上海ハニーは難しくない。
TWICEとラップ、この2曲が勝負。
上海ハニーはすこしぐだったけど、まあ上手くいった。
まずはTWICE。
吹奏楽祭で好評だった分、クオリティは落とせない。
ポジションが入れ替わる時にぶつからないように、しかも割と難易度も高い。
これも、吹奏楽祭以上の出来だった。
女子のダンススキルが格段に上がっている。
いよいよだ…
丸高オリジナルラップ、
トロンボーンのかつとし先輩作詞、
OBの長嶋先輩作曲アレンジ。
この春から秋雲小の先生になって、地域バンドとして金管バンドを立ち上げたトロンボーンの先輩だ。
曲としては完成しているし、かつとし先輩のラップもとても完成度が高い。
そして何より、このステージのために、
ラップに合わせて踊る俺とせーは先輩は、
ブレイキンをプロ並みの技まで磨き上げてきた。
俺もここまでの難易度に挑むと思っていなかった。
失敗したら怪我をする。
「安全に、それでいて大胆にやるぞ。
俺ら、めちゃくちゃ練習したから大丈夫。」
絶対、成功させる。
「Say Go!」のスタートだ。
曲が始まった。
今までの吹奏楽ステージにない異様な雰囲気に、まず場内の空気がすでに変わった。
よし。
まず、二人揃ってのバク宙から入る。
その瞬間、
場内の空気が一変した気がした。
OBの長嶋先輩のアレンジもいい。
吹奏楽でやるラップの裏の音楽。
中学時代できるようになるのも苦労した
トーマスやウィンドミルは
もうすでに、俺は余裕になっていた。
この二週間、ブートキャンプでもやったみたいに、
せーは先輩と、吹部の練習と並行して
ブレイキンばっかりやってきた。
自分でも信じられないくらいの成長具合だ。
「俺らは音楽と暮らす!
We are 丸高 brass!
こいつらといたらやなこと忘れる!
舌まわんなくてもなんとかなる!
Say go!
Say go!」
せーは先輩のエアートラックス10回連続で場内からものすごい歓声が上がる。
俺もこの後同じことを…
そして、最後にせーは先輩のエルボーエアトラックスからの、両サイドにはけて、
バク宙三連発からのキメのポーズ…
よし、このタイミングだ!
俺もエアートラックス10回、
めちゃくちゃ練習した。
失敗は許されない。
怪我して三部のステージ吹けないとか許されない。
身体はできてる。
…ここから!
記憶が飛んだ。
ただ、ものすごい歓声が上がっていることだけは実感できた。
サイドにはけて、最後…
バク宙からの…
決まった!!!
…丸橋市民会館大ホールのキャパを半分にして、
750人しか今日は入れていない。
でも、
会場が割れんばかりの歓声に包まれた。
「りゅー、笑顔!」
「わかってますよ!俺笑ってないすか?」
「おう!大丈夫!成功だな!」
鳥肌が立ちまくっていた。
歓声はなかなかおさまらなかった。
「早くはけて!時間がない!」
学指揮のかずみ先輩の一言で我に帰った。
俺はこの、
「Say Go!」の、
ラップとブレイキンと吹奏楽のコラボステージのこと、
一緒忘れない。
リリックもすごくよかった。
作って歌ってくれたかつとし先輩。
かつとし先輩にもものすごい注目が集まっている。
企画ミーティングの時に、かつとし先輩が、途中声を詰まらせながらこの曲を書いた話をしてくれたことも、多分ずっと忘れない。
「ものすごい勢いで太田中の中でも強い部活になっていく吹部に入るかどうかは、
すごく悩んだ。
太田中ってみんな、柄悪い坂西の中でもさらに柄悪いって有名だろ?」
「うちとよく比べられるよね。小庄南か太田かって。坂西の最悪中学。」
「あー、るね先輩南中でしたっけw
…一部は知ってると思うけど、俺の家、電鉄久世駅の近くのオンボロ文化住宅でさ、
両親も兄貴も中学入った頃、ボロボロだったんだ。
おかんは水商売、親父はほぼヤクザ、兄貴も荒れてて。
この3人みたいになりたくない、でも、こんな家だったらどうすることも出来ない、
3食まともに食えないの当たり前、
…その時に出会ったのが丸高OBで当時顧問だった笠原先生だったんだ。
とにかく給食好きなだけ食え、朝飯晩飯こまってるなら他には内緒だぞってカロリーメイトとかカップラーメンとかくれた。
で、吹部でトロンボーンやってみないかって誘ってくれた。
笠原先生はめちゃくちゃ厳しかったけど、俺らのために真剣に泣いてくれたり、
本気で笑い合ったりもしてくれる人だった。」
OBバンドの指揮者もしている笠原先生。
ちょっと太めだけど笑顔がイケメンなイメージのある先生。
「両親と兄貴が同じ時期に問題起こして、
俺が家に居られなくなって、ジソーのお世話になった時とか、
俺のために泣いてくれたし、
一番先に戻ってきたおかんには、説教してくれた。
それで俺も変わり始めたんだ。
丸高に行くって目標ができて、吹部も本気でやろうって。
俺が丸高に行きたいって親に打ち明けた時の、特におかんの目は一生忘れない。
うちは塾にもやれないし、大学にやれないかもしれないけどそれでも丸高に行くの?って聞かれて、
俺は独学で丸高行くし、大学行けないなら公務員を目指すって言った。
おかんが、今までごめんねって俺を抱きしめて…
泣いてくれたんだ。」
俺もその話を聞いた時、
胸が震えたのを覚えている。
うちの親父が坂西工業卒だから、
坂西のワルがどんだけ酷いとタチが悪いかは話には聞いていた。
「吹部で本気になっているうちに、
悪い誘いとかも俺の周りから消えて、
勉強も本気で頑張って、
社会のわからないところは笠原先生に本気で聞きまくって、
2年の時、太田中が初めて県代表になった。
伊福部昭先生の、シンフォニア・タプカーラ。
支部では銀だったけど、一生の思い出になった。
俺も頑張ったら出来るって自信になった。
トロンボーン大活躍の曲だったしさ。
中3の時コンクール無くなったけど、
俺は腐らなかった。
逆に丸高に行ける学力つけるチャンスで、
コロナがおさまったら丸高でその分取り戻すって。
引退演奏会で、本当はコンクールでやるはずだったシンフォニーポエムを吹いた後は、悔しさでちょっと…泣いたけどな。」
今の高2の代は、コロナで中3のコンクールがなくなって悔しい思いをした人が多い。
それでも、丸高ブラスは高2の学年は部員数が多い。
先輩たちが「丸高で絶対中3の悔しい思いを取り戻させる、納得して卒部させる」って勧誘頑張ったからだ。
「兄貴も親父も、俺が頑張ってるからとかあんまり知らないけど、
少しずつまともになってきてくれた。
兄貴とは…まだちょっと仲よくないけど、前ほどめちゃくちゃはしなくなったし。
で、丸高に受かってさ。
せーはと出会ったんだ。
せーはと仲良くしてたら、
かつって言葉の選び方が面白いし、
声に迫力あるから、ラップやってみたら?って、
事務所のラップ詳しい人紹介してくれたんだ。
で、せーはのショーケースで一回、ラップ、
ダメもとでチャレンジさせてもらったら受けがよくてさ。
それから、趣味で勉強と部活の傍ら、
リリック書くようになった。
せーはの事務所からラッパーとして契約しないかって話も来たけど、
親がさ、大学行きたかったらなんとかしてやるって言い出してくれてさ。
おかんは相変わらず水商売とはいえ、ちゃんとしたお店の経営しだすようになって、
親父も前よりまともな仕事出来る様に転職活動してくれて、…建築系の人材派遣会社で働けるようになって。
今は、ランク低くてもいいから
国公立の文学部英文学科で
リリックの基礎にもできるように英語を学ぶって夢も出来たんだ。
親も行っていいって。
でもって、大学生になったら、…な。
せーはと同じ事務所に所属するって話も進んでる。
全部仕事には出来ないかもしれないけど、
俺はラップで、中学時代の俺みたいだった人を勇気づけたい。」
…。
あの時のかつとし先輩の思い、
全部受け止めて踊った。
今日のこのステージの熱量は、一生忘れない。
第二部、
最後のプリティフライまで演じ切った。
会場の熱さ、あたたかさ。
本当に今日まで企画部、
頑張ってステージ作り上げてきて
本当によかった。
「三部乗る人!時間15分しかないよ!
衣装、メイク、早替えで!」
俺は奇跡的に三部メンバーのオーディションに受かった。
ここから先、難曲ばかり三曲が続く。
まだ吹けないところが大半だ。
それでも、このメンバーで1ヶ月半後には
コンクールにも出ないといけない。
今日のステージは、そのコンクールに向けて、大事な本番だと思っている。
「りゅー君。ほら、じっとしてて。」
原谷先輩が、シートタイプのメイク落としで俺の顔をゴシゴシこする。
「あとは洗顔して、すぐ着替えて。」
「ありがとうございます!」
「多分今日からりゅー君、モテモテになるぞ。ロビーでもせーはとりゅー君の噂で持ちきりだからな。」
モテモテ…
やべーな。どうしよう///
そんな暇はない!
早く顔洗って着替えて、楽器また持って…
原谷先輩も三部に乗るのに本当にステージ裏でたくさん手伝ってくれた。
三部が始まった。
一曲目が、OBと一緒のたなばた。
たかや先輩のお姉さんの、寺下さざなみ先輩が、ホルンのOB担当だ。
この曲は、ほとんど練習が間に合わなかった。
その穴を、さざなみ先輩が、久しぶりにホルンを吹くとか言いながらも、見事に埋めてくれた。
三部二曲目、
挟間美帆作曲、
昨年コンクールで一気に話題になった今をときめく新譜、
ザ・タイグレス。
この曲もとにかく難しいので、初心者の俺にはまだこなせる場所が少ない。
どうしてメンバーになれたのか今でも不思議だ。
でも、曲のラストにものすごくかっこいい場所があって、
そこが吹きたくて、とにかく頑張った。
この曲で一番苦労するのが、トランペットのトップだ。
ありえないくらい難易度が高い。
それでもこの日のたかや先輩は絶好調だった。
俺らホルンも…。
二曲目のザ・タイグレスもほぼ練習通りに吹けて、
プログラム上最後の、くじゃく。
「甲東高校と吹奏楽祭で曲が被ったし、
コンクール曲はどうなるかわからないけど、
今日は丸高ブラスの、理奏、を追求した、
丸高ブラスにしか出来ないくじゃくをやろう」
さすがに長くなりすぎるので、
全てのバリエーションは演奏しない。
それでも、ザ・タイグレスとは違う丸高の強みである、
オーボエ、ピッコロ、フルートのソロにウエイトを置いた、やはり甲東とは違うアプローチでバリエーションをチョイスした。
この曲の終わり…
演奏会が終わるの寂しいな、と思い始めた。
金管が頑張るところ、
とにかくめちゃくちゃ頑張って吹いた。
最後の音が鳴った瞬間、
拍手が湧き上がる。
客席には立ち上がって拍手している人もいる。
矢田部先生がはけても、拍手は鳴り止まない。
奏者は55人でも、
アンコールのために66人分の椅子は用意してあった。
三部メンバーになれなかった11人がステージに上がり、
矢田部先生が入ってきて、
アンコール一曲目のGet it onを演奏した。
たかや先輩は、オクターブ上のハイFを当てられるくらい余裕がある。
そして、そのまま、拍手が鳴り止まないまま、
丸高のアンコール二曲目の伝統である、
ホルストの第二組曲のマーチが始まった。
中間部が始まると、
部長のきょうみ先輩と、
定演実行委員長のなつき先輩がマイクに出てきた。
「本日は、
第40回記念、
県立丸橋高等学校吹奏楽部
定期演奏会におこしいただき、
ありがとうございました。
皆様のおかげで、
この記念の定期演奏会も、
成功に終わろうとしています。
さまざまな困難を乗り越えて、
まだ不安定な世の中ではありますが、
こんな素晴らしい時間を過ごせたことを
心より感謝いたします。
丸橋高校は明日より定期テスト前の部活休みに入りますが、
テスト休み明けから、3年生は
仮引退のコンクールまで、さらに、
部のモットーである「理奏追求」を追い求め、
今日のステージを糧にして、
悔いのない仮引退を目指して頑張ります。
今後も応援よろしくお願いいたします。
来年41回で、
またこの市民会館大ホールで、
秋から引き継ぐ93期生が主体となる演奏会で、
皆様にお会いできることを
楽しみにしております。
本日はご来場いただき、
本当にありがとうございました!
92期部長、堤杏巳、
92期定期演奏会実行委員長、逆瀬川菜月。」
大きい拍手に包まれながら、
なつき先輩がうっすら目に涙を浮かべながら、席に戻っていった。
最後の音が鳴り響いて、
矢田部先生が笑顔で客席にふりかえる。
ああ、
成功したんだ、定期演奏会。
本当に頑張ってよかった。
「コンクールよりも、定演。
逆に定演がうまくいかないようではコンクールも知れている」
先輩たちがそう言っていた理由も、分かった気がした。
幕が降りて、
楽器を軽く片付けて、
部員はロビーでお客様を見送る。
今年も昨年同様、柵を設けて柵越しにだ。
「あの、ホルンの神吉さんですよね?
今度丸高に練習見学の時にお話させてもらえますか?」
「神吉君かっこよかった!
今度LINE聞いていい?」
なんかそんな言葉をたくさんもらって、
調子に乗ってしまいそうだった。
もちろんそれ以上にせーは先輩は大変なことになっていて、
OBOGが「剥がし」にかかっていたけど…
全ての片付けが終わって、
反省ミーティングが行われた。
「今年も、ひとまず俺的には
定期演奏会は成功だったと思う。
定期演奏会、楽しかった人?」
全員が手を挙げた。
「テスト休み明けから、
いよいよ3年生最後のステージ、
コンクールに向かっての準備が始まります。
一年生、丸高の前期中間は面食らう奴が多いから、
一週間しっかり勉強するように。
あまりに成績が悪い奴は夏休み補充授業の対象になって、
練習時間が削られるから、一年でメンバーの人、
特にそういうことがないように。」
「はい!」
あー、数学ひっかからないように頑張らなきゃ…
そして、一瞬の沈黙。
三部メンバーは、みんなわかっている。
この後は、正式なコンクール曲の発表だ。
「で。毎年恒例。
定演の反応をみて、
コンクール曲を毎年正式に決定してます。
でも、今年はまず試しにみんなに聞いてみようかな。
まず、課題曲。
予定通り、サーカスハットマーチがやりたい人?」
個人技術高い人を中心に何人か手をあげた。
でも、思ってたより少ない…
「ジェネシスに変えます、と言って、
それでもいいと思う人。」
…自分も含めて、
さっき手を挙げた人も含めて、
大半が手を挙げた。
「うん、そうなんだ。
かなり迷った。
サーカスハットマーチがうちの良さ出せると思って、
ひとまず連盟には4って書いて出したけど、
全体のサウンドの良さ鳴らせる場所が4だとうちには少ないなって最近感じていた。
で、今日、3が一番丸高ブラスらしい音が鳴ってたんだ。
課題曲は3でいこうと思います。
どうしても嫌だって人いますか?」
手を挙げた人はいなかったけど、はるひと先輩が声を上げた。
「…俺は本当は4の方がいいです。でも、3でも本気でやります。」
「わかった。
もう一度聞きます。
課題曲3でいっていいひと?」
全員が手を挙げた。
…課題曲、4で行く予定が3に変更。
そして…
「で、自由曲。
これも聞きます。
タイグレスがしたい人?」
「くじゃくがしたい人?」
この質問は、真っ二つに分かれた。半々だ。
甲東は多分くじゃくで変えないらしい。課題曲は5を選んで、もうカットも決めたって、OBの弟さんで甲東生がいる人から聞いている。
「多分甲東と真っ向勝負とか、考えている人もいると思うし、
今日の反応も同じくらいだったと思う。
これは、俺が最終決断させてください。
今年の夏は、タイグレスでいきましょう。」
…!!!
俺はなんとなくそんな気がしていたけど…。
「まず、一つの理由、
昨年が奇抜な路線を避けて安全にいって、
県でも一定の達成感は出せたけど、
あと一歩だったこと。
それと、一番の理由は、
あんなに難しいのに、寺下貴也が
タイグレスの方に手をあげていたことかな。
今年は、丸高が過去しなかった路線でチャレンジして、
新しい扉をあけたいと思う。
コンクールは、課題曲3と、ザ・タイグレスで挑みます。
テスト休み明けから、これでいきます。
いいですか?」
「はい!」
いよいよ、二曲に絞られて、
テスト休み明けから
「大会」への練習が始まる…
「それともう一つ。
これは月島先生から発表してもらおうかな。」
「はい。
今日、第二部でブカレストの風景の時に、
ルーマニア民族舞曲を三部メンバーになれなかった人だけでしたでしょ?
短い時間だったけど。
で、本来的場さんが指揮なのを、そこだけ私がお願いして指揮を代わってもらった。
それには実は、理由があります。
三部・コンクールメンバー以外の11人は、
管楽合奏コンテストS部門に、8月末に録音を提出します。
なので、実質2軍みたいな扱いかもしれないけど、
1年生2年生11人は、
夏コンメンバーと別に私の指揮で、
もう少し長さを足して、
録音審査で全国を目指します。
だから、夏コンのマネージャーだけでなく、
11人で録音で全国目指すつもりで、がんばろうね!」
みんなびっくりしていた。
でも、みんな笑顔になった。
「2軍が全国行くのに
1軍が変な演奏では終われないぞ。
休み明けから66人全員、全力で頑張りましょ!」
「はい!」
「じゃあ、堤、号令。」
「はい!
理奏追求!」
「理奏追求!」
「大事なことは達成感!」
「達成感!」
「姿勢!礼!」
「あざっした!!!」
…今日、確かに達成感を得られたと思っている。
演奏だけでなくあらゆることで。
…コンクールも、全力で駆け抜けます!
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